伝えたいのは、 遊びの大切さ。『遊びに生きる子どもたち ハイリスク児にもっと遊びを』書影
遊びに生きる子どもたち ハイリスク児にもっと遊びを 松平 千佳著 1600円+税 四六判並製176ページ 発行:金木犀舎 ISBN 978-4-909095-04-6 C0037
Q1 たくさんの管につながれて動けない子は、   遊ぶことなんてできないのでしょうか? いいえ、遊べます!
Q2 障がいがあって言葉が理解しづらい子は、   遊ぶことなんてできないのでしょうか? いいえ、遊べます!
Q3 虐待されてつらい状況の子は、   遊ぶことなんてできないのでしょうか? いいえ、遊べます!
四肢が動かせず呼吸器をつけた難病の子どもでも、 「遊ぼう」と声をかけると目を輝かせます。 病児や障がい児、被虐待児などのハイリスク児は、 「遊ぶどころではない」と 大人が決めつけてしまいがちですが、 子どもたちは「遊ぶ」ことで 世界とつながることができます。
からだが思うように動かなくても、 困難な状況におかれていても、 子どもを救い、成長させるのは いつも「遊びの力」です。
病棟などでおもに働く「遊びの専門家」、 ホスピタル・プレイ・スペシャリスト (HPS)の育成に取り組む 第一人者・松平千佳 著。11人の子どもたちの実例を紹介。
伝えたいのは、 遊びの大切さ。『遊びに生きる子どもたち ハイリスク児にもっと遊びを』書影
遊びに生きる子どもたち ハイリスク児にもっと遊びを 松平 千佳著 1600円+税 四六判並製176ページ 発行:金木犀舎 ISBN 978-4-909095-04-6 C0037
静岡新聞(2020/3/11朝刊)で紹介されました!「ハイリスク児に遊び必要」 県立大短大部 松平准教授 実例で解説、出版
読みやすさにこだわった、 やさしい文体が心にしみます。(本文ページサンプル)
《もくじ》 Ⅰ 遊びの力   ホスピタル・プレイの入り口   忘れてはならない4つの大切なC   遊びの原風景 Ⅱ わたしに気づいて   ぼくはここにいるよ   いや! さわらないで   英国のディーバ Ⅲ 傷ついた世界   裏切り   親に愛される努力   砂遊び   コラム サンドトレー・プレイセラピー   コラム メタコミュニケーションの効果と方法   マスクの少年   わたしのお師匠さん   コラム Encouragement(勇気づけ) Ⅳ 親子のであい   想像のつばさ   コラム ガイドイメージ法   許してくれますか?   親子二人三脚   小さな巨人
本文より、一部抜粋してご紹介します① 職員はこの子どもを話さない子どもとみなしていました。しかし、顔を覗き込み自己紹介をす ると、少年は少し唇を動かしたのです。そして声を出し始めたのです。そこで、私は「まねっ こ遊び」をすることにしました。少年の出す声のトーンと出し方をまねていく、とても簡単な 遊びです。すぐに少年はこの掛け合いの楽しさが分かった様子でした。どんどん声を出し、大 きくしたり小さくしたりしながら、私が追いかけるのをしっかり聞いています。どんどんスピー ドが上がっていきます。男児はとても集中しており、真剣な顔つきです。まるで、吹奏楽の演 奏会に参加している子どものようでした。気がつくと、たくさんのケアスタッフがその様子を 見守っていました。このようにお話をする男児の姿を見るのは初めてだったようで、皆驚いて います。たんが絡んで吸引しなくてはならなくなりましたが、男児は大変満足そうな表情をし ていました。スタッフも男児の可能性を突きつけられたようです。三歳で入所してから七年間 もかかった発見を導いた出来事となりました。
本文より、一部抜粋してご紹介します。② 私は必ず「あなたは何ひとつ悪くない」と子どもに伝えます。私自身も、全体性をとらえる のが難しい子どもに出会った時、「そもそも子どもに問題がある」という考えが浮かぶことが あります。その時は自分を戒める時であり、疲れてはいないか、自分の力に過信はないかと考 えることにしています。しばしば、大人は自分のことを棚に上げて子どもに寛容さを求める場 合があるのです。 虐待や不適切な養育は絶対に正当化できるものではありません。「子どもは親に愛されるた めに努力する必要があるのか? 答えはノーなのです。
本文より、一部抜粋してご紹介します。③ つばさ君の指は麻痺しているため、握って使える色鉛筆を用意しました。これまでは、受け身の遊び方をしていたつばさ君が、絵を描くことを通して自己を表現するわけです。当時のつばさ君に、誰も絵を描こうと提案する人はいなかったでしょう。寝たきりですし、腕も硬直しています。そのような状態の子どもを見ると、大人は多くのことが「できない」と決めつけてしまいがちです。私は彼の手に握れる色鉛筆を持たせ、手を添えて押しました。すると、線が描けたのです。お父さんの口から思わず「おお~」という声が漏れました。         <中略> 再びつばさ君が遊び始めたことによって、お父さんとお母さんに確かな変化が生まれました。呼吸器をつけている医療的ケア児としての息子ではなく、子どもとしての息子の姿が再び戻ったのです。 実際、遊ぶ子の姿はあまりにも当たり前の姿なので、多くの大人がその尊い価値を気づかずに 過ごしています。失ってはじめて、我が子が遊ぶことの大切さをお父さんたちは再認識したの かもしれません。

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