第18話 けいちゃん「父への憤り」3

サンパギータ 日本のフィリピン女性たち(奈良雅美)

サンパギータ 日本のフィリピン女性たち(奈良雅美)

 

<サンパギータFile.1> けいちゃんの場合

父への憤り(前回のつづき)

 

●父への期待と落胆

私が結婚して、長男が生まれる時には日本に母を招きました。
初めての出産でなにがなんだかわからなかったので、夫も私の母を日本に呼ぼうかといってくれました。
そのときは母をあまりどこにも遊びに連れて行けなかったので、母には申し訳なく思いました。

 

その次に一番下の妹を呼びました。
夫の父ががんになった時でしたが、夫は一人っ子だから、他に父の面倒を見る人がいなくて、私が毎日のように病院に行っていました。
その間、幼かった我が家の次男の世話を妹にしてもらいました。
お姑さんは元々病気がちで体が弱いので、私が代わりに病院に通ったのです。
私が留守の時に、妹が子どもたちの世話をしてくれました。

おもちゃ

 

その後に父を日本に呼びました。
父は、まだ若いから日本で働くことができるかもしれないと思いました。
昔は日本の取り締まりも緩かったため、観光(短期滞在)ビザで来日しても働けました。
本人もそのつもりで来日しました。私の知り合いの野菜の工場でパッキングの仕事に従事することになりました。
父は肉体的には弱いほうではなかったと思います。
実家にバーベルとか、トレーニングの道具を持っていて、若い時から鍛えていました。
しかし、働くことには慣れていませんでした。
最初の仕事の日にすごく疲れた様子で帰ってきて、結局3日間だけ行ってやめてしまいました。
でもビザの有効期限がまだあるから、孫たちと遊んで帰ったらよいと考えていました。

 

あるときパチンコへ父が夫に連れていってもらったのですが、すごく興奮して再び行きたいとせがまれました。
でも、一人では行けないので、父のイライラが始まりました。
毎日、夫が渡していたお小遣いを使って、一人で食べにいってしまいました。
父は、日本語がわからなくてもあちこちいけました。
レストランではメニューを指差して注文していました。毎日食べ歩いていたら、すぐなくなってしまいます。
父は、お金がなくなると家から出られなくなりました。そのうち寝ている部屋から出てこなくなってしまいました。
孫たちとも遊ばなくなりました。

 

さすがに夫に申し訳ないと思って、父に文句を言いました。
「日本に何をしにきたの、なんできたのか」となじりました。
すると父は「あんたたちが自分を呼んだのだろう」と言ったのです。
違う。たとえそうだとしても、孫たちに会いたかったといってほしかったのです。
そんなに日本に来るのがいやだったのか、だったら飛行機のチケットもまだ先だし、ビザも残っていましたが、早めに帰国するかと訊いたら、今すぐ帰ると答えました。
でも、今すぐは無理。夫に送ってもらわないといけないし、夫は今すぐ仕事を休めるわけではありません。

 

父のあまりの身勝手さにとうとう、それまでの我慢が爆発しました。
「いままでお父さんは何もしなかった。お母さんのことを大事にしてと頼んだのに。」
「子どもたちも独立してそれぞれ家庭があるので、お母さんのことをお父さんが大事にして欲しい。なのにお母さんへ渡したお小遣いや薬のお金をお父さんは使ってしまう。お母さんは受け取ったお金を薬に使えなかったのを黙っていて私に言わなかった。だからお母さんはどんどん目が悪化したのよ。」
昔、父が家出した時のようになじっていました。
すると父は「もうお小遣いをお母さんに送らなくていい、俺が面倒みるから、なんでもするから」と言い張りました。父はそう言うけれど全然なんにもしないのです。

 

今、母は73歳。緑内障が進行し、ほとんど視力のない状態です。
それなのに、父は母を家に一人にしてしまいます。
「今やお父さんだけが頼りだから」と言ったのに、母のために何もしません。
それだけではなく、父は自分のことすら何もしないのです。
電子レンジはうちにないので、食事はコンロで温めないといけないのですが、自分の食事が冷蔵庫に用意されていても、温めることすらしないのです。
かつて私が父の仕事のためにと買ったトライシクルが修理できない状態に壊れてしまったので、母に「役に立たないものは売って、そのお金でお母さんの薬代にして」と私は言い、売ってもらいました。
すると父がまた拗ねてしまって、食事の時以外にはあまり家にいることがないと母から聞きました。

暗い空

 

父の話になると、怒りも感じます。
でも、どこかで父の愛情が欲しいと思っているのです。
これまで愛情をかけられていなかったから、そう感じるのだと思います。
もちろん私だけではなくてきょうだいたちもそうでしょう。
私じゃなくてもいいから、きょうだいたちだけでもいいから愛情をかけて欲しいと思っていますが、期待と諦めの半々です。

 

▶︎第19話 けいちゃん「父への憤り」4 へ続く


<話を聞いてまとめた人>奈良雅美プロフィール写真
奈良雅美(なら・まさみ)
特定非営利活動法人アジア女性自立プロジェクト代表理事。関西学院大学非常勤講師。ときどきジャズシンガー。
小学生のころから「女の子/男の子らしさ」の社会的規範に違和感があり、先生や周りの大人に反発してきた。10代半ばのころ、男女雇用機会均等法が成立するなど、女性の人権問題について社会的に議論されるようになっていたが、自身としてはフェミニズムやジェンダー問題については敢えて顔を背けていた。高校時代に国際協力に関心をもち国際関係論の勉強を始め、神戸大学大学院で、環境、文化、人権の問題に取り組む中で、再びジェンダーについて考えるようになった。
 大学院修了後、2004年より特定非営利活動法人アジア女性自立プロジェクトの活動に参加。途上国の女性の就業支援、日本国内の外国人女性支援などに取り組む中で、日本に住むフィリピン女性たちに出会う。社会一般の彼女たちに対する一様なイメージと違い、日々の生活の中で悩んだり喜んだりと、それぞれ多様な「ライフ」を生きていると感じ、彼女たちの語りを聴き、残したいと思うようになる。移住女性や途上国の女性の人権の問題について、より多くの人に知って欲しいと考え、現在、ジェンダー問題、外国人や女性の人権などをテーマに全国で講演も行っている。